エズラ・タフト・ベンソン
経歴
アイダホ州フランクリン郡ホイットニーにて,ジョージ・Т・ベンソンとサラ・ダンクレー・ベンソンの間に生まれる。
オネイダステークアカデミーを卒業。
イギリスで伝道する。
フローラ・スミス・アムッセンと結婚。
アイオワ州立大学にて修士号を取得する。
フランクリン郡(アイダホ州)の農事顧問に任命される。
アイダホ州立大学のボイシにおける農業拡張事業に携わる務めに任じられる。
アイダホ州農業協同組合協議会の書記長を務める。
アイダホ州ボイシステーク会長として奉仕する。
ワシントンD.C.の農業協同組合全国協議会の書記長になる。
ワシントンD.C.ステークの初代ステーク会長を務める。
ヒーバー・J・グラント大管長によって使徒に聖任される。
ヨーロッパ伝道部会長として伝道活動を再開し,第二次世界大戦後のヨーロッパにおける援助物資の配給を監督する。
合衆国農務長官を務める。
ヨーロッパ伝道部を管理する。
アジアにおける教会の業を監督する。
十二使徒定員会会長に任命される。
教会の1,000番目となるステークをイリノイ州ノーブーで組織する。
教会の大管長となる。
ベンソン大管長の在任期間中に奉献された9つの神殿のうちの最初となる,韓国ソウル神殿が奉献される。
ステーク内の七十人定員会が廃止される。
総大会で,「モルモン書で洪水のごとく地を満たす」という重要な話をする。
総大会の説教で,高慢に心するよう教会員に警告する。
七十人第二定員会が創設される。
合衆国大統領から大統領市民勲章を授与される。
旧ソビエト連邦に初めて福音を宣べ伝える宣教師が足を踏み入れる。
ユタ州ソルトレーク・シティーにて死去する。